アイドル
「プチ氷川きよし」
「はあ?」
若島津はクラスメイトであり、同じサッカー部の部員でもある反町の言葉に固まり、思わず聞き返した。
氷川きよしって、あの氷川きよし?
「何?反町って演歌が好きだったんだ。へえ意外じゃん。」
意外性のある男ってモテるのよ、以前、5歳上の姉が言っていたのを思い出す。
反町が演歌ファンかあ。やっぱモテる男は多趣味だよな〜。
呑気になるほどなるほどと1人納得してしまった。
「違うって。お前のことだよ。」
「はあ?」
「お前、お姉さまがたの間でプチひかきよって呼ばれてんの!」
「はああああああああ?!」
衝撃の事実を知り、言葉が出ない。
ひかきよって氷川きよしのこと?なんでも略せるもんだねえ。じゃなくてっ!!
それってほんとにオレのコトなのでございますか?
「氷川きよしってさあ、おばさまキラーじゃん。お前は、お姉さま以上おばさま未満の30代前後に人気があるんだって。で、‘プチ’ひかきよ、らしいよ。」
素直そうなところがかわいいんだってさ。
「確かにお前は‘一見’素直そうだよな。」
2人きりの部屋に戻ったとたん、日向はニヤニヤと口を開いた。
「なんだよ。その‘一見’てのは。俺はいつだって素直に決まってんじゃん。」
日向の言葉に噛み付くように反論する。
すると日向はすっと近づき耳もとにささやいた。
「そうか?コイビトに憎まれ口をたたくのは、素直って言わねえんじゃねえの?」
腰に手を回してきたと思ったら、引き寄せられ、あっというまに抱きしめられる。
「わー、馬鹿、ボケ、変態ッ!何すんだよ!!」
「何ってもちろん愛し合うコイビトたちがすること?」
「何が愛し合うコイビトたちだよ〜。待てってば!変なトコに顔近づけんなよ!」
じたばた暴れる若島津に日向は不意に真剣な表情をむける。
「おまえ、俺のこと嫌い?」
「うー・・・。ヒキョウモノ・・・。」
好きに決まってる。憎らしい態度も低い声も、そして自分だけに向けられる優しい瞳も。
何度か唇を触れ合わせてから深く口付ける。わざと大きな音を立てて離れると、若島津は真っ赤な顔をしてうつむき、ぎゅっと日向の背中を抱きしめた。
隣で寝ている男のこめかみに唇を落とす。ちいさく名前を呼ぶとくすぐったそうに身を寄せてくる。
「ひゅうが・・・」
急に名前を呼ばれて顔を覗き込むが、眠っている。どうやら、寝言らしい。幸せそうに微笑んでいる若島津を見ていると、こっちまで思わず微笑んでしまう。
「お前が素直なのは、眠ってるときだけだよな。」
頬にかかる髪を指で弄びながら、寝顔をじっと見つめる。
‘プチ氷川きよし’ねえ。
お姉さまたち(以上おばさま未満)が、そう言うのもわかる。
綺麗な眉に長い睫毛。滑るようになめらかな頬に赤い唇。
見ても見ても見飽きることがないなんて不思議だよな。
どちらかというと見れば見るほど目が離せなくなる。
でも。
「おまえはオレだけのものだぞ。」
誰にも譲れない自分だけのもの。
この寝顔も、笑顔も、そしてアノときの表情も。
「そんで、オレもおまえだけのモンだから。」
重なるように抱きしめる。
彼を想う不特定多数の女性たちから守るかのように。